とねっこ保育園の職員が過去に書いた障害児保育に関するレポートを記載しました

※レポートの詳細は創風社のサイトを参照願います


脳性麻痺医療の現状と保育の役割

とねっこ保育園 志賀 照彦

はじめに――これまでの経過と脳性麻痺の捉え方

私たちの保育園では、発足の当初からさまざまな障害を持った子も
健常な子と一緒に育てることを、保育の一つの柱にしてきました。
これまでにも難聴、自閉、てんかん、染色体異常などさまざまな障害を持つ子を保育してきました。
障害を持っていようがいまいが、どの子も発達の道筋は同じ、早期に障害を発見し、
適切な手立て(保育)をすれば障害そのものを軽減、さらには克服することもできると思っていました。

しかし、障害を持った子に対する手立てとはいったい何をさすのでしょうか。
そのころ、滋賀県大津市での四ヶ月検診をはじめとする脳性麻痺児の「早期発見・早期治療」の
取り組みが紹介され、麻痺はボイタ法その他の訓練を早期から行うことにより麻痺そのものが
克服されるかのように全国に伝えられました。

私たちの園でも「この子は四ヶ月検診でボイタ法の七つのチェックのうちいくつ引っかかった」とか、
0才の子に対して「この子はからだにかたさがある」「異常なケイレンがあるようだ」
このままほうっておいたら脳性麻痺になってしまう」などとして、子供が大泣きしているにもかかわらず、
ボイタ法の訓練を強いたり、ロール上のマットの上で揺さぶったり転がしたり、
むりやりお腹や足の親指を付けさせてハイハイをさせたりして、
なんとか緊張や痙性を取り除いてやりたいと朝に夕にこうした「手立て」に励んできました。

このような中で、「麻痺の疑いのある」といわれた子たちも長ずるに及んで健常に育ち、
一見これらの「手立て」が功を奏しているかのように思い込んでいました。
しかしながら、いわゆる「大津方式」を紹介した『涙より美しいもの』(一九八一年、大月書店刊)の
出版から数えても 約二〇年近くたちますが、地元の大津市民病院からも訓練中心の取り組みで、
脳性麻痺が治ったという医学的な論文が発表されたことはありません。
脳性麻痺を「大津方式」により克服していると発表しているのは、教育心理学の分野の論文があるだけです。

えっ、脳性麻痺って訓練では治らない? そのメカニズムは?

しかし、そのうちに麻痺の「疑い」ではなく医師から麻痺と診断された子たちが入園するようになりました。
私たちは、従来通りの考え方から専門医の診断や指導を受けることもなく、
以前、養護学校の実習助手をしていた人から「指導」を受けながら、訓練中心の手立てをとりました。

ところが結果として、麻痺の症状は改善されず、親も保育者も自分たちの訓練の仕方が悪いのか、
訓練の量が足らないのではないか思い悩み、ますます訓練中心の生活(保育園に訓練のために通う)に
追い込まれていきました。そうして熱心に訓練をすればするほど麻痺の状況は深刻なものになっていきました。

尖足気味だった足首は内側にねじれるように内反が強まり、足の裏をつけて立てなくなり、
年令がきているからと立位を強いたり、無理に股関節を開き、足の親指を付けてハイハイをさせたため、
股関節が脱臼を起こすなど二次的な障害が進行してしまう子が出てしまいました。

一方、このような幼児期の無理な運動、たとえば人間の股関節の臼蓋は二足歩行をするため浅くなっている、
爬虫類や哺乳類は腹這いや四つ這いのため臼蓋が深くなっている。
この違いを無視して生物進化の法則に合わせたリズム運動と称して、
爬虫類のようなハイハイを繰り返し子どもにさせたため、中学生期になって麻痺のある子だけでなく、
健常な子にも股関節の亜脱臼を引き起こしたり、脊椎の変形を招くなどの弊害も起こしてきました。
さらに、このような訓練の中で、子供が精神的・情緒的に負担を受け、
のびのびとした子供らしい生活が保証されなくなってしまいがちな事も重大な問題だと思います。

私たちは、このような事態に直面しながらも、脳性麻痺に関する医学的な知識を得る学習の機会を得るまで、
従来の取り組みに疑問すら抱かずに過ごしてしまったことに、重大な反省と責任を感じ、
このレポートをまとめることにしました。

それまでも、脳性麻痺は単に脳(特に大脳皮質)の損傷及び形成不全による運動機能障害であり、
障害そのものの進行性はないといった把握はしていましたが、
そんな単純なものではない事が明らかになってきました。
放置しておけば食べる、息をする、話す(動作で意思を伝える)など生きていくために
必要なことへも障害が重くのしかかり、 人として生きていきたいと願う時 、
その苦痛は私たちの想像をはるかに超えるものであること。

また、その影響は、身体的なものにとどまらず知的、情緒的発達をも障害する。
さらに重大な事は、年を経るとともに脊椎、膝、腕、股関節など各部に変形をもたらすだけでなく、
各関節に無理なストレスを与え続け、関接が擦り減り神経を刺激するため、耐え難い激痛に苦しむ事になる。
股関節の脱臼はことさらに深刻な事態を生む。介護をするもの、特に家族の負担も年を追う毎に増大し、
将来にわたって本人と家族の命まで縮めかねないものである事など、
知れば知るほど脳性麻痺が容易ならざる物だという事が解ってきました。

また、脳神経外科の医師からは、筋肉の過緊張を生むメカニズムとして、痙縮を筋肉のレベルの疾患として
捉えるのではなく、神経の過剰な興奮によって痙縮が引き起こされると理解すべきだと提起をされました。
つまり、脊髄からの過剰な刺激が神経を伝わって筋肉を過度に緊張させており、
本来なら脳がその興奮を抑制(コントロール)する働きをしている。
しかし、脳が傷害されたためそのコントロールが効かず、筋肉が緊張を強いられる状態が続く。
その状態を放置しておくと、筋肉が縮んでしまったり、関節が拘縮や脱臼を起こしていくと解明してくれました。

【資料】厚生省(厚生労働省)による脳性麻痺の定義
受胎から新生児(生後四週間)までの間に生じた脳の非進行性病変に基づく永続的な、
しかし変化しうる運動及び姿勢の異常である。その症状は、二才までに発現する。
一過性運動障害、または将来正常化するであろう発達遅滞は除く。

このように脳性麻痺のメカニズムを捉えたとき、緊張をほぐそうと手足をさすったり、揺さぶったり、
または正常な運動を脳に覚えさせようとしていろいろな姿勢を取らせたりすることは、
一時的に筋肉の緊張が和らぐことなどの効果はあるにしても、そのことによって傷害された脳が治る事や、
脊髄からの過剰な刺激が弱まることはありません。

訓練やマッサージによって各筋肉の過緊張や痙縮が根本的に改善される事もありません。
ましてや脳性麻痺がそれによって治るなどと考えられる余地などなくなってくるのです。
それでは、機能訓練は必要ないのでしょうか。
機能訓練は人が本来持っている運動機能を取り戻すために重要です。

しかしそのためには、本人の動きたいという自発性を何よりも大切にすること、
泣いているにもかかわらず無理に押さえつけたりするのではなく、不安感のない自発的・能動的な
動きを引き出すことが あらゆる運動レベルの脳性麻痺児に保証されなければならないと思います。
そのためには各療法士や訓練士が専門医との連携を深めて
情報を交換し合うことが重要なのではないでしょうか。

医学的な取り組みはどこまで進んでいるのか

では現在、実際に医学の分野では、どのように研究が進み、治療に応用されているのでしょうか。
知り得る範囲であげてみたいと思います。

1.整形外科的アプローチ

これまでもさまざまな整形外科手術が行われてきていますが、そのほとんどが脳性麻痺を、
障害された脳は治らないがゆえに、事実上機能も治らないと捉え、
抹消の変形を処置するだけの手術が多かった。
つまり、縮んでしまった筋肉や腱を切って伸ばし、
見た目の緊張や変形をとる事を主眼にした手術が多かったように思います。
しかし、その子が将来にわたって生活していくことを考えたとき、
そのために必要な機能まで落としてしまっては意味がない。

そこで考えられたのが『選択的緊張筋解離術』という方法です。
これは、過剰に緊張している筋肉だけを選択的に緩めてやる手術で、
抗重力筋など姿勢保持・移動などに必要な筋肉は温存するという方法です。
これにより、体幹・各関節の変形の矯正はもとより、肩・肘のリーチ機能、手指の巧緻性の獲得、
股・膝の関節機能の改善による座位の獲得、全身性の異常姿勢の寛解により寝返り、四つ這い、
立つ、歩くといった基本運動機能が改善されます。

この手術は、特に拘縮・変形が進んでいる脳性麻痺患者に励ましを与えています。
現在、全国の肢体不自由児医療施設の約二〇〇名の整形外科医たちは、
「脳性麻痺の外科研究会」を毎年開きながら研究を進めています。

2.脳神経外科的アプローチ

脊髄からの過剰な刺激を、その伝達機関である神経の部分で弱めてやり、
正常に近い刺激が筋肉に伝達されるよう考え出された手法。
フランスやアメリカを中心に二〇数年も前から行われており、
手術例も数万人を超える実績を上げている。
この手術は、処置する部位によりいくつかに分類される。

2.1 後根進入部遮断術(Dorsal Root Entry Zone tomy)

当初、ガンなどによる痛みの治療として開発されたが、
一九七〇年代 に痙縮の治療にも適応されるようになった。
触覚等を伝える神経繊維と痛みや過伸張反射(痙縮)を伝える神経繊維がはっきり分かれる
脊髄後根進入部(DREZ)を手術用顕微鏡やマイクロメスを用いて痙縮や痛みを伝えている神経だけを
選択的に切除し、症状を改善させるもの。
痙縮が全身に及んで異常な肢位を示しているような場合に適応される。

2.2 機能的脊髄後根切断術(rhizotomy)

この手術は、主に痙直型脳性麻痺児に行われている手術で、運動障害、
四肢変形・関節拘縮の誘因となる痙性の発現をより中枢レベル(脊髄)
で抑制しようというもの。術後リハビリを継続する事で永続的な機能改善も可能とされる。
二〜七才までの子どもの下肢全体の痙性に適応。

2.3 末梢神経縮小術(neurotomy)

痙縮に陥った筋肉を支配する神経のふとさを二〇〜四〇%程度まで縮小
(一部切除して細くする)する事により、 脊髄からの強すぎる刺激の伝達量を弱めてやり、
痙縮を治療する手法。
手首・指・足先(尖足・内反)など局部的な痙縮に対して有効な手法である。
入院の期間も二週間程度であり、患者の負担も少なくてすむ。
後のリハビリを考えると、処置する部位に拘縮が進んでなく、
ある程度の筋力が残されている事が条件になる。
学童期前半までが適応。

3 薬物投与によるアプローチ

口から飲む薬は飲んだ量の数%しか、脳を通って脊髄まで到達しない。
そのためバックローフェンなどの薬を、皮下に埋め込んだポンプにより
常に一定量を直接髄腔内に注入する事により、 副作用なしに、
より効果的に痙縮を緩和させようというもの。
この手法については、アメリカでは数万人の治療が行われている。
日本では薬そのものについては認可されているが、ポンプを埋め込むという方法が認可されていないため、
実際には脊髄への直接注射による一時的な対応しかできていない。
しかし、二〇〇一年八月から日本でもこの治療法の治験がスタートしたので期待ができる。

このように、脳性麻痺に対する医学的な取り組みが幾つかあるにもかかわらず、
実際に脳性麻痺児・者の置かれている現状を振り返ったとき、
現場での取り組みの後れを痛感しないではいられません。
脳外科的な手術をとってみても、フランスやアメリカなどではすでに二〇数年も前から定着しているものが、
日本ではやっと最近になって東京女子医大の脳外科医たちによって取り組まれ始めた状況です。

このような状況の中で、新しい情報を知らされないために取り残され、苦痛を強いられ続けている
脳性麻痺の患者が圧倒的に多いのが実態なのではないでしょうか。
脳性麻痺の治療に、もっと医学の光が当たるようにと願わずにはいられません。

二〇〇〇年四月には、東京で脳性麻痺の治療を手がけていこうとしている脳外科医たちが中心になって、
「障害者の生活向上を目指す市民フォーラム」が開催されました。
日本はもちろん、フランスやアメリカからも実際に治療に携わっている医師をはじめ、行政の担当者、
障害を持つ子の親や保育者、学生、ジャーナリストなど一般市民も参加して、
麻痺などの障害を持っていてもより人間らしく生きていくために、現在実際に行われている最新の医療について
さまざまな報告があり、討論がなされました。ビデオやスライドなども使って報告された各地での顕著な改善の例は、
こうした取り組みが更に大きな可能性を持っている事を示してくれました。

さらにフォーラムの中では、これらの治療の目的は単に痙縮を緩める事だけでなく、運動機能の回復・向上にあること、
そのためには整形外科医、脳神経外科医、各療法士など、さまざまな分野の専門家が壁を取り払い、
欧米並みに有効な連携が図られることが必要であることなどが提起されました。
障害を持つものには切実な、そして当然の声ではないかと思います。

とねっこ保育園での治療の実際

では、実際にそれぞれの症状に見合った治療を受けてみたとき、子どもたちにどのような変化があったのかを、
私たちの園の子供たちの様子を通してみてみたいと思います。

S君(当時一〇才)
彼は、下肢の痙性が高く、尖足・内反の状態でバランスがとりにくく、上体を揺らしながら歩行をしていた。
静止して直立ができず、転ぶことが多かった。知的には正常であるが、
手指の巧緻性も低かったためさまざまな場面、 特に新しい課題については自信が持てず、
拗ねることが多かった。
九九年の九月、彼は日本で初めての脳神経外科手術を受ける事になった。
末梢神経縮小術である。母親も学習をつみ、初めての手術という不安ももちろんあったが、
少しでも現状が改善されるならと、本人ともども手術を受けることを決断した。
入院期間は検査も含めて約二週間。本人と医師との相談の結果、
まずは特に痙性が高い右足を処置する事にした。
手術は膝の後ろを切開し、緊張筋につながる神経だけを選択的に細くするものであり、
手術用顕微鏡や筋電図などを使い、どれだけ細くするかを検査しながら進めていった。
(後でビデオを見ながら説明を受けた。)
手術の翌日にはもう自力の歩行が許され、面会にいったものに両手を挙げて歩いてみせ、
「自由になった気がする」との感想を伝えた。
退院後、それまではどうせやってもできないからと避けていたいろいろなものに挑戦するようになった。
まず卓球に挑み、学校の運動会への臨み方も積極的になり、いじけずに参加できた。
また、初めて学童のスキー合宿に参加し、そり、ショートスキーなどを試した後、
やはりみんなと同じスキーに乗りたいと決め、
何度倒れてもへこたれずに練習する姿にみんなが励まされた。
クラスの友達との関わりも変わり、積極的にサッカーをして遊ぶようにもなる中で、
友だちとの信頼関係も強まった。
その後、彼は自転車に乗れるようになり、健常な子と変わらない速度での移動を可能にし、
行動半径を広げている。
現在彼は、自転車で地域の中学に通っている。
このように彼が受けた手術は右足の緊張を緩めるものであったにもかかわらず、上肢の緊張も緩み、
全体のバランスも改善されたように思う。
また、それが生きていく上での意欲や自信にまでつながっていることに驚かされている。
ただし、抹消の麻痺を緩めただけなので身体全体としては痙性が残っているので成長とともに、
より根源的な(中枢部に近い)部分での治療が必要になってくるのではないかと思う。
(東京女子医大の脳外科教授・堀智勝先生執刀)

Y君(当時五才)
四肢麻痺。特に両股関節がすでに脱臼を起こしており、膝・足首等も伸び切っていた状態だったので、
整形外科による手術を受けることにした。当初、骨を削って股関節をきちんと整復するとともに、
筋肉の選択的緊張筋解離術を受ける予定であったが、本人の年令と負担も考えた親の希望もあり、
初回は骨には手をつけないで筋肉の処置だけ行うことにした。
検査・リハビリも含め入院期間は約半年。それまで全身が棒のように伸び切っていたのが、
座位が取れるようになり、股関節の緊張が緩んだため肩車もできるようになり、
仰向けに寝られるようになって、日常の生活がしやすくなった。
その後、養護学校に上がってから二度目の手術受けたが、その後の経過については、
執刀された新光園の松尾先生のホームページに詳しい。(福岡県立粕屋新光園の松尾隆先生執刀)

T君(当時四才)
事故により硬膜下出血を起こし、命は取り止めたものの麻痺を残してしまった。
特に左足(膝・足首)の伸展が著しく、右肘も屈曲が強まり、
移動は左手によるずり這いが中心であった。
脳神経外科か整形外科の処置か、いずれをとるか大変悩んだが、
最終的に親が整形外科の手術を選び、手術を行った。
左股関節周辺の緊張を緩めることを中心とした選択的緊張筋解離術により、
術後移動がずり這いから四つ這いに変わり、 支持座位だったものがしっかりと座位が取れるようになり、
左足の踵が着くようになったため立って歩きたいという要求を出すようになった。
また、手の巧緻性も高まり、指先で小さな物も摘み上げる事ができるようになった。
さらに、発音がはっきりしてきたと同時に語彙も増え、自分の意思を言葉で伝えたり、
歌を歌ったり楽しんで生活できるようになった。
現在は、養護学校に通学しているが、持ち前のなんでもやってみようという意欲と、
誰とでも仲良くなれる力を生かして周囲を和ませながらたくましく生きています。
(栃木県立身体障害医療福祉センターの神前先生執刀)

H君(当時十才)
難病のヌーナン症候群。四才までは病院のベッドで過ごす事が多く、移動はいざり這い。
左足首が極端に内反してきた。また、直立の姿勢をとるなど無理な訓練を続けたため、
右股関節が完全に脱臼をしてしまい、整形外科の手術を受けることにした。
上記障害があるため、股関節周辺の緊張及び足首の緊張を緩めることが精一杯であった。
それでもこの手術によりつかまり立ちが可能になり、
車椅子からトイレに自力で移動したりできるようになった。
これは本人の自立も促すのはもちろんだが、介助者の負担を減らし、
外出の制限が少なくなるなど、生活は一変した。
その後、母親が亡くなる不幸に見舞われたが、それまで以上の新光園や
養護学校の皆さんの暖かい思いに包まれ、
中学生になった現在もその不幸を乗り越えて自立を目指した生活を送っている。
(松尾隆先生執刀)

このように見てくると、現在到達し得た医療の水準は、単に訓練やマッサージで一時的に緊張をほぐすのとは
明らかに異なる結果を生み出していることが見えてきます。
重ねて言えば、脳性麻痺の病理から考えても、訓練を強要したり特殊な装具をつけることによって
過緊張や痙縮が取れることはありません。

ところが、一部の病院や多くの養護学校・肢体不自由児施設などではいまだに訓練中心の取り組みに終始し、
医学の成果を積極的に取り入れようとはしていません。
現在の医学の常識からかけ離れ、『脳性麻痺は早期発見・早期訓練で直す』という従前の考え方が
いかに危険であり、 子どもたちや親を苦しめる結果を生み出すものであるかを捉え直さなければならないと思います。
ましてや、かつて私たちがしてきたような、医師の診断や指導のもとにない訓練など決してすべきではありません。

はっきりしているのは訓練で痙性はとれないことです。痙縮や拘縮・変形は、まず専門医と相談のうえ治療の手立てをとり、
それにより獲得した各部の機能をより高次の物とし、また二次的な障害の進行をできるだけ押さえるために
各種の訓練が必要とされます。
その際にも、常に医師との連携のもとに訓練が行われる事が必要なのではないでしょうか。

脳性麻痺は手術をしてもよくならないという声をよくききます。全国的に見ればかなり医療水準の差があるのは確かです。
その中で、世界的水準に達している脳外科的手術、整形外科的手術が日本にあるのも事実です。
患者サイドが学習していく以外に優れた医療にたどりつくみちはありえません。
医療サイドも手術の結果についての医学論文をもっともっと発表してほしいと思います。

そうした中での保育の役割とは何でしょうか。どんなにハンディーを持っていても人間としての価値には関係なく、
人間として尊重される場、その子ができないところを手助けしながら、自らやりたい・動きたいという意欲を育てる場、
母親が一人で子育てをするのではなく、子どもも親も職員も集団の中でお互いが育ち合う場であることなど、
いろいろありますが、障害を持った子に限らず、その子が他の子どもたちとの交わりの中で、
自分を認め、自分に自信を持ち、自分らしさを表現して生きていってくれる場になればと願っています。

様々な障害を保育の場で治すことはできません。
また、人間的な成長を医療の場に求めることにも無理があります。
ですが、障害を持った子にとってはその両面が必要になります。

医療がになう部分と保育・教育がになう部分を明らかにしながらも、お互いが連携を取り合い、情報を交換しながら
、すべての子が幸せになれるよう努力をしていきたいと思います。


とねっこ保育園で、これまで保育経験した 障害をかかえた子どもたちです。 (1983年〜1999年)